東京高等裁判所 平成10年(行ケ)200号 判決 1999年10月12日
原告
フジ産業株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁理士
B
同
C
被告
特許庁長官 D
指定代理人
E
同
F
同
G
同
H
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成8年審判第11465号事件について平成10年5月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成4年12月28日に考案の名称を「ドレン処理装置」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(平成4年実用新案登録願第93496号)をしたところ、平成8年5月31日に拒絶査定を受けたので、同年7月12日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成8年審判第11465号事件として審理された結果、平成10年5月7日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年6月3日にその謄本の送達を受けた。
2 実用新案登録請求の範囲請求項1(以下、同項記載の考案を「本願第1考案」という。)
油、ゴミ、水の混合したドレンから油を分離した処理水を排出する油水分離装置と、油水分離装置から排出された処理水を通過させ処理水が清浄であるか否かの確認を行うと共にこの処理水中の油を除去する油水分離機能を有する確認槽と、を備えたことを特徴とするドレン処理装置。(別紙図面1参照)
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり、本願第1考案は、実願昭51-14149号(実開昭52-106878号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。別紙図面2参照)記載の考案及び周知の技術に基づいて、当業者が極めて容易に考案できたものと認められるから、実用新案法3条2項により実用新案登録を受けることができないので、本件審判の請求は成り立たないと認定判断した。
4 本願明細書の記載
本願明細書には次の記載がある。
(1) 「本考案は油と水を含むドレンから油と水に分離するドレン処理装置に係わり、特に給油式エアコンプレッサに於けるドレン処理装置に係わり、更に詳しくは、エアコンプレッサのエアタンク、アフタークーラ、ドレンセパレータ、ドライヤ等の除湿装置から排出されるドレン内の油分を分離する装置に適用したドレン処理装置に関する。」(平成10年1月8日付手続補正書(甲第3号証)2頁下から5行ないし末行)
「ドレンを油と水に分離する手段は例えば・・・比重差で油を浮上させて除去する第1段階と第1段階で油を除去された水に含まれる油エマルジョンを油吸着材で吸着する第2段階とするものが多い。この場合、油吸着材の交換を忘れると、やがて油エマルジョンの混合した水が排水されるようになる。或は、油処理槽で浮上分離した油は自動又は手動で抜くがこの油の排油管のつまり、或は自動開閉弁の故障又は手動で油を逃がすのを忘れると、やがて油吸着の第2の段階へ油水が流れ、油吸着材を急速に劣化してしまい、排水口から油を含む水を排水するようになる。従来このような場合、油水分離装置を信頼しているから、定期的な排水検査で始めて知ることになり、事実上処理されないドレンが長期にわたり排出される可能性がある。」(願書添付の明細書(甲第2号証)5頁12行ないし21行)
「本考案は油水分離が充分行われなくなったことを容易に発見可能であると共に油水分離が充分行われていない状態においても、直ちに油分の多い水が排出されないドレン処理装置を提供することを目的とする。」(前記手続補正書5頁3行ないし5行)
(2) 「本考案の第1の考案は油水分離装置で処理された処理水の清浄であるか否かの確認ができ、油水分離装置の不具合を確認できる。また、油水分離装置が不具合でその排水に油分が残っても確認槽で油水分離して清浄水として排水できる。」(同9頁20行ないし22行)
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由[1]、[2]は認める。同[3]は、相違点の認定(5頁1行ないし9行)を認め、その余は争う。同[4]は、相違点1に関する引用例の記載(5頁11行ないし18行)及び引用例記載のドレン処理装置の蓋についての解釈(6頁5行ないし10行)を認め、その余は争う。同[5]は争う。
審決は、一致点の認定を誤り、相違点についての判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
(1) 「ドレン処理装置」の一致点について
引用例記載の考案の「ドレン中の油水分離装置」と本願第1考案の「ドレン処理装置」とは、構成、機能及び効果などが異なるから、両者は、上記の点において相違する。
(2) 「(処理水を)排出する」の一致点について
「排出する」という文言は、「外へ押し出す」ということを意味する。
本願第1考案の構成によれば、処理水は、いったん油水分離装置から排出される。そして、この排出された処理水は、確認槽に送り込まれ、しかる後に確認槽を通過して排出される。
ところが、引用例記載の考案は、一つの槽であって、その内部でドレンが通過して排水溝に向かって移動するが、その途中で外部へドレンを出し、再び別の槽に送り込むということは、引用例には記載されていない。したがって、本願第1考案と引用例記載の考案は、上記の点において相違する。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)
(1) 本願第1考案の油水分離装置は、ドレンから油を分離する油水分離処理を終了させて清浄な処理水を排出するものである。
引用例記載の考案は、4分室のものを例にしていえば、最初の分室11aだけではドレンから油を充分に分離できないので、未処理のドレンが流れ込んでくる最初の分室11aと処理済みのドレンを排出する排水口13のある最後の分室11dとの間に2つの分室11b、11cを設け、これらの分室11b、11cでもドレンから油を分離し、油を含まない清浄な処理水を最後の分室11dに集め、排水口13から初めて清浄な処理水を排出する仕組みになっている。このように、引用例記載の考案の入口に近い複数個の分室では、ドレンから油の一部が分離されるものの、油水分離処理は終了しておらず、入口に近い複数個の分室を経由しただけでは清浄な処理水を得られない。
以上のとおり、引用例記載の考案の入口に近い複数個の分室は、本願第1考案の油水分離装置には相当せず、引用例記載の考案の複数の分室のすべてが、本願第1考案の油水分離装置に相当するのである。
本願第1考案の油水分離装置が正常に作動して清浄な処理水が排出されている場合、確認槽には清浄な処理水が通過するだけであり、この確認槽では油水分離処理が行われない。したがって、確認槽は、油水分離装置に不具合が生じた場合のいわば緊急時のためのものである。このような確認槽については、引用例には記載も示唆もない。
(2) ドレンの中の夾雑物には、水より重いものがある一方、水に浮遊するものもある。微小な大きさの油が水と混合した油エマルジョンとなっていることも多い。空気の湿度が高く、使用する圧縮空気が多いときには、多量のドレンが発生し、夾雑物がドレンとともに流動しやすくなる。また、ドレンの温度が高いと夾雑物が流動しやすくなり、ドレンも流動性が増す。このため、引用例記載の考案の装置が正常に作動していても、ドレンに混合している夾雑物がドレンとともに流動しやすい種類のものである場合などでは、最初の分室11aの水面やこの次の分室11bの水面には夾雑物からの油があまり浮ばずに、最後の分室11dの直前の分室11cの水面に夾雑物からの油が多量に浮ぶことがある。また、この逆に、最初の分室11aの水面やこの次の分室11bの水面に多量の油が浮び、最後の分室11dの直前の分室11cの水面にはわずかな量の油しか浮ばないこともある。
このように、引用例記載の考案の装置の各分室11a、11b、11cそれぞれに浮ぶ油の量は、引用例記載の考案の装置が設置された環境の汚れなどが変化した場合、この変化に応じて変化するので、必ずしも一定ではない。このため、引用例記載の考案の装置が正常に作動している場合であっても、分室11cの水面の油量の多少を観察しただけでは、処理水が清浄であるか否かを判断できない。
また、最後の分室11dには、油水分離処理の終了した水が流れ込んでくることとなるから、その水面を観察して油の浮上状態を確認することにより、処理水が清浄であるか否かを確認することはできる。しかし、分室11dの水面に浮んだ油は、排水口13から処理水とともに外部に排出されるから、分室11dでは、処理水中の油を除去するという確認槽の機能を果せない。
(3) もっとも、二つの分室11c、11dを一つのものとしてみた場合、分室11dにおいては処理水が清浄であるか否かの正確な確認ができるとともに、分室11cにおいてはドレンから油を分離することができるので、2つの分室11c、11dの全体では、処理水が清浄であるか否かを確認するとともにこの処理水中の油を除去する確認槽の機能を有するとの見方も考えられる。
しかし、確認槽の機能とは、油水分離処理の終了した処理水が清浄であるか否かを確認して、この処理水が清浄でないときにこの処理水から油を除去する機能であるのに、出口に近い複数個の分室11c、11dにはこのような機能がない。したがって、二つの分室11c、11dは、これらを一つのものとして見ても、確認槽の機能を有さない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)
前記2(1)のとおり、確認槽は、油水分離装置に不具合が生じた場合のいわば緊急時のためのものであって、このような確認槽については、引用例には記載も示唆もない。
4 取消事由4(効果についての判断の誤り)
本願第1考案は、油、ゴミ、水の混合したドレンから油を分離した処理水を排出するとともに、油水分離装置の不具合を判断できるのみならず、油水分離装置の不具合に起因して油水分離装置から油を含んだ処理水が排出されても、清浄な処理水が外部に排出されるという効果を奏する。
これに対し、引用例記載の考案の効果は、油、ゴミ、水の混合したドレンから油を分離した処理水を排出するというものにすぎない。このため、引用例記載の考案に不具合が生じた場合は、油を含んだ清浄でない処理水が外部に排出されることとなり、清浄な処理水を外部に排出できない。
したがって、本願第1考案による効果は、引用例に記載された考案及び周知のものから当業者が予測し得ない格別のものである。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 引用例には、「本案はこの点にかんがみ圧縮機のドレン排出口に構造簡単な飛散防止具と、油水分離装置を設けて、ドレン中の水分のみを排水溝に流すようにしたものである。」との記載がある。ここで言う「油水分離装置」とは、本願第1考案に言う「ドレン処理装置」のことであり、両者は同じ装置を別の用語で表現したものにすぎない。
(2) 引用例の油水分離装置は、最初の分室に入っているドレン処理水が開口を通って2番目の分室に移動し、更に、2番目の分室内の処理水が3番目の分室に移動し、これを繰り返しながら最後の分室を経て排水口から排水されるものである。
上記の事実をドレン処理水を「排出する」(外へ押し出す)という観点から解釈すると、引用例の油水分離装置は、1つの分室に入っている処理水が後から入ってくる処理水に押され、「1つの分室」から「次の分室」に押し出されることを次々と連続的に行っている。上記「次の分室」は、その前の「1つの分室」から見れば、「1つの分室」の外にある分室である。したがって、1つの分室から次の分室に処理水が移動するということは、1つの分室にある処理水が「1つの分室」の外へ押し出されて「次の分室」に移動していることに他ならない。換言すると、1つの分室にある処理水は次の分室に排出されるということである。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 本願第1考案の実用新案登録請求の範囲には、油水分離装置が油水分離処理を終了させると解釈できる構成は記載されていない。
引用例記載の考案の実施例では、「分室11dでは少なくとも清浄な処理水となっている」ことが示唆されてはいるものの、途中の分室では処理水が清浄になっていないとは記載されていない。どの分室にどの程度の油があるのか、あるいはないのかについて、引用例に何も記載されていない以上、分室11b、11cに油が浮く旨の原告の主張は独断であり、根拠がない。
引用例記載の考案の入口に近い複数個の分室で油水分離処理が終了しているかどうかは、処理水に含まれる油の量等によることであり、終了する場合もあり、終了しない場合もあり得る。したがって、入口に近い複数個の分室で油水分離処理が終了していない旨の原告の主張は、誤りである。
(2) 引用例記載の考案は、分室の数(n+1個)を制限していない。分室の数をどれだけとするかは、ドレン処理水の状態に応じて任意に設定できるものである。その場合、最後の分室一室だけについてではなく、出口に近い複数の分室について油水分離機能を有するかどうかを見るべきである。そして、出口に近い複数の分室のどこかで処理水が清浄になる可能性がある以上、当該複数の分室は、油水分離機能を有している。
引用例記載の考案においては、蓋を開けて処理槽の分室を上から覗くことにより、どの分室の処理水がどの程度清浄であるかの確認ができることが明らかである。本願第1考案も、単に確認するだけであるから、正確な確認ができる保証はない。そして、引用例記載の考案につき、最後の分室11dだけを取り出して、分室11dが確認槽の機能を有しないという原告の主張は、根拠なく最後の分室のみを考案の対象としようとするものであり、失当である。
(3) 本願第1考案の実用新案登録請求の範囲には、確認槽においては、清浄であるか否かの確認と油水分離とが時間的な前後がなく同時に行われていることを意味している記載があるだけであって、「処理水が清浄でないときに」という条件については何も記載がない。したがって、本願第1考案の確認槽の機能が、油水分離処理の終了した処理水が清浄であるか否かを確認して、この処理水が清浄でないときにこの処理水から油を除去する機能である旨の原告の主張は、実用新案登録請求の範囲の解釈を誤ったものである。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
本願第1考案の実用新案登録請求の範囲には、「緊急時のため」に限定される構成の記載がなく、また、本願第1考案は、使用方法の考案ではない。
4 取消事由4(効果についての判断の誤り)について
本願第1考案が油水分離装置の不具合を判断できるように、引用例記載の考案も、蓋を開けて観察することにより油水分離がうまくいっているかどうかの判断はできる。すなわち、入口に近い方の複数の分室からなる油水分離装置の不具合は、蓋を開ければ判断できるのである。
また、本願第1考案においても、油水分離装置の処理能力と処理水中の油の量との比較及び確認槽の油水分離機能の大小により、必ずしも清浄な処理水が外部に排出されるとは限らない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 甲第4号証(引用例)によれば、引用例には、「本案はこの点にかんがみ圧縮機のドレン排出口に構造簡単な飛散防止具と、油水分離装置を設けて、ドレン中の水分のみを排水溝に流すようにしたものである。」(2頁5行ないし8行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例記載の考案の「ドレン中の油水分離装置」は、ドレンを処理する装置であるから、少なくともその限度では、本願第1考案の「ドレン処理装置」に相当するものと認められる。
(2) 甲第4号証によれば、引用例には、「水槽の最初の分室11aの水面上に滴下したドレンの内水分は水中に混入してその分だけ水槽内の水を溢流堰12より溢流させ排水口13より排出して排水口に流す。」との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例記載の考案において、ドレンの内の水分は、最初の分室に入って一応の処理をされた後、後から入ってくるドレンの内の水分により、最初の分室から押し出されて次の分室に移動し、さらに、そこから押し出されてその次の分室に移動し、これを繰り返しながら最後の分室を経て排水口から排出されるものと認められる。そして、引用例記載の考案において、排水口に流されるのは、ドレン中の水分のみとされていることは上述のとおりである。そうすると、引用例記載の考案は、ドレンから油を分離した処理水を排出する設備を備えているものと認められ、この限度においては、本願第1考案と何ら変わるところはない。
(3) 審決は、本願第1考案と引用例記載の考案とが、「油、ゴミ、水の混合したドレンから油を分離した処理水を排出する油水分離設備を備えたドレン処理装置。」である限度で一致するとしただけであり、その限度を超えて一致するとしたものでないことは、審決の記載自体から明らかであり、この審決の認定に誤りはない。原告の主張は、審決の誤解に基づくものと言うほかはなく、採用できない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 本願第1考案の実用新案登録請求の範囲の「処理水が清浄であるか否かの確認を行うとともにこの処理水中の油を除去する油水分離機能を有する確認槽」との記載によれば、本願考案において、確認槽を通過する処理水、すなわち、油水分離装置から排出された処理水は、原則として清浄であり、確認槽は、これを確認するものとして予定され、油水分離装置と確認槽は、それぞれ、それにふさわしい構造を有するものと認められる。
一方、引用例には、「油が排水口のある最後の分室内に侵入することはほとんど無く、」との記載があり、また、そこで、排水溝に流されるのはドレン中の水分のみとされていることは前述のとおりであるから、引用例記載の考案において、出口に最も近い1個の分室を通過する処理水は、原則として清浄であるものとされているとはいい得るものの、出口に近い複数個の分室を通過する処理水が原則として清浄であるものとされているということはできず、また、引用例には、排水される処理水が異常であることを確認することに着目した技術的思想に関する記載も、この技術的思想に基づく構成に関する記載もない。
このように本願第1考案と引用例記載の考案とを対比してみると、これらの事実に何ら言及することなく、
引用例記載の考案の入口に近い複数個の分室及び出口に近い複数個の分室が、それぞれ本願第1考案の油水分離装置及び確認槽に当たるとした審決の認定には、少なくともその限度においては、誤りがあることが明らかである。しかし、この誤りは、相違点1についての審決の判断の結論に影響を及ぼすものではないということができる。そのわけは以下に述べるとおりである。
(2) 前記第2の4の本件明細書の記載によれば、本願第1考案は、油水分離装置によって油水分離の処理を行いつつ、それを過度に信頼することなく、正常に処理されているか否かの確認を行い、正常に処理されていない場合であっても、更にもう一段ないし複数段階の処理を行えるようにすることによって、不都合な結果の発生を防止するという技術的思想に基づくものと認められる。
しかし、このように、物事を処理するに当たり、その処理を行いつつ、それを過度に信頼することなく、正常に処理されているか否かの確認を行い、正常に処理されていない場合であっても、更にもう一段ないし複数段階の処理を行えるようにすることによって、不都合な結果の発生を防止するという技術的思想は、例えば、計算における検算、物品の製造における品質検査、教育における試験と補習、作業における点検・確認・照合等技術分野を問わずその事柄の重要性に応じて適宜用いられているものであることは当裁判所に顕著であって、上記技術的思想自体は、むしろ、技術分野を問わない常識というべきものである。
(3) また、甲第4号証によれば、引用例には、「油が水より軽い性質を利用して、ドレン中の油と水を分離して」(5頁11行ないし12行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例記載の考案は、油と水の比重差を利用して、比重の軽い油を水面に残し、比重の重い水のみを仕切り板の下から次の分室に流入させるというものであって、分室11a、11b、11cは、それ自体単独で油水分離機能を有するものと認められる。
そして、甲第4号証によれば、引用例には、「1は圧縮機のドレン排出口、2は排出口1に取付けられたドレン飛散防止具で、これは第3図に示すごとく構成されている。・・・圧縮機のドレン排出口1より内筒3内に吐出された圧力気体は・・・勢を弱められて外部に排出される。一方内筒3内に圧力気体と共に吐出されたドレンは内筒の小孔4より外筒5内に流れ出し、さらにキャップ7内に流れ出してキャップ先端より滴下する。」(2頁10行ないし3頁6行)、「圧縮機のドレン排出口1から吐出される圧力気体は飛散防止具2によって勢力を弱められているので、この圧力気体によって最初の分室11aの水面が攪乱されて水が排出口14より排出されるようなことはない。本案は上記のごとく圧縮機のドレン排出口に飛散防止具を取付けてドレンを静かに滴下させるようにしてある」(4頁16行ないし5頁3行)、「水槽の底部は最初の分室側が最も深く、これより最後の分室側に向かって漸次浅くなるように傾斜をつけられており、・・・ドレン中に水より重い夾雑物があっても、これは水槽底部の最深部に集るので、この夾雑物に付着している油が浮上しても、この油が排水口のある最後の分室内に侵入することはほとんど無く、排水中に油の含まれるおそれのないものである。」(5頁14行ないし6頁3行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例記載の考案においては、仮に多量のドレンが発生しても、内筒の小孔4によって絞られることにより分室11aに流入するドレンの流量は一定に保たれるので、分室11aに大量のドレンが流入することはなく、また、ドレンは静かに滴下し、圧力気体によって水面が攪乱されることもなく、夾雑物も水槽底部の最深部に集まるため、これに付着している油も通常は入口に近い分室に浮上するものと認められる。そうすると、引用例記載の考案においては、通常は分室11aに最も多量の油が浮かび、場合によってはこれで油水分離が完了することもあり、また、そうでなくても、入口に近い複数の分室だけで油水分離が完了することもあるが、それにもかかわらず、引用例は、これを過度に信頼することなく、処理すべき事柄の性質を考慮して更にもう一段ないし複数段の油水分離処理をすることとして、n+1個(実施例では4個)の分室を設けることとしているものである。
したがって、引用例には、単独で油水分離機能を有する分室によって油水分離の処理を行いつつ、それを過度に信頼することなく、更にもう一段ないし複数段階の処理を行うことによって、不都合な結果の発生を防止するという技術的思想がその中に既に示唆されているものというべきである。
(4) そうすると、前記(2)の常識を有する当業者において、油水分離の重要性を考慮して、引用例記載の考案に属するある油水分離装置を過度に信頼することなく、不都合な結果の発生を防止するために、正常に処理されていない場合であっても、更にもう一段ないし複数段階の処理を行えるように、出口側にもう一個ないし複数個の、正常に処理されている限り必要のない油水分離機能を有する分室を追加することは、単なる設計変更にすぎないものと認められる。そして、このようにして新たな分室の追加されたものもまた、引用例記載の考案に属することはいうまでもないことである。
(5) 甲第4号証、乙第1ないし第4号証(特開昭49ー64188号公報、特開昭51-150864号公報、特開昭63-121625号公報、特開平2-160095号公報)によれば、廃水等を多段に処理する場合、処理槽内を仕切板により分割して一次処理と二次処理を連続的に行うことも、一次処理槽とは別に二次処理槽として独立させることも、それぞれ周知であることが認められ、以上の事実によれば、引用例記載の考案に属する油水分離装置の出口側に追加するもう一個ないし複数個の油水分離機能を有する分室について、もとの槽を拡大して同一の処理槽内で仕切板により分割された分室とはせず、もとの槽とは別の油水分離装置として独立させることは、当業者が適宜し得たこととというべきである。
(6) そして、引用例記載の考案が蓋を備えており、これを開くことにより処理水が清浄であるか否かの確認ができることは当事者間に争いがないから、これに追加された引用例記載の考案同様の分室のある油水分離装置も蓋を備えており、これを開くことにより処理水が清浄であるか否かの確認ができることは明らかである。もっとも、確認に関する記載が引用例に見られないことは前述のとおりであるが、前記2(2)の常識の下に前述のようにして分室を追加することを考えた当業者にとっては、追加された部分の蓋を特に確認にふさわしいものとすることも、極めて容易になし得たことであることは論ずるまでもない。そして、このようにして追加された油水分離装置は、追加前の油水分離装置から排出された処理水を通過させ処理水が清浄であるか否かの確認を行うことができるとともにこの処理水中の油を除去する油水分離機能を有する確認槽に相当するものと認められる。
(7) 以上のとおりであるから、相違点1に係る本願第1考案の構成は、引用例記載の考案から当業者が極めて容易に想到し得たものである。したがって、相違点1についての審決の判断は、その表現どおり理解すれば誤りであるが、結局上述の趣旨のことをいわんとするものと理解できないではなく、少なくとも結論において正当であって、前記(1)の認定に係る審決の誤りは、審決の結論に影響しないものというべきである。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
この点についての原告主張が失当であることは、2において述べたことから明らかである。
4 取消事由4(効果についての判断の誤り)について
本願第1考案の構成を採用した場合に、原告主張の効果が得られることは自明である。したがって、効果についての原告の主張は、理由がない。
5 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6 よって、本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
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